BUBBLE-B音楽家、チェーン店トラベラー、PR業ほか
まずは本題に入る前に、本シリーズ企画の趣旨を。
編集者として約5年ほど大手企業のグルメサイトの運営に携わって痛感したことが2つあった。
ひとつは情報自体があまりに首都圏本位で発信されていること。ユーザーの割合的に、首都圏が多勢を占めるおかげでそうならざるをえないのかもしれないが、情報の一極集中化に対する違和感が常にあった。それは自分が九州の端っこのド田舎出身ということも関係しているかもしれない。
もうひとつは、ローカルで活動なさっているフリーランスには、優れたライターやカメラマンの方々がたくさん存在すること。
中には全国区で活躍されている方もいるものの、十分な力量はあるのにまだまだ活躍の場が足りていない、もっと大々的に土地の魅力を伝えてほしいと常々思っていた。
ならば、普段は取材やインタビューする側の彼らにこちらが取材し、彼らの存在とともに土地の新しい魅力が伝わるのでは。そう強く感じたので、自分がやってる会社のサイトで連載してみることにした。
この企画では、各地で活躍するフリーランスの方々へのインタビューや現地取材を通して、彼らの仕事ぶりや生活スタイル、さらに訪れてほしいスポットや首都圏から見たイメージとのギャップを紹介したい。
そう、当該の地にこちらが抱いている勝手な先入観を裏切られてみたい、という思惑がある。
フリーランスという存在を通したローカルのガイド。ありそうでなかった観光ガイドとしても役立ててもらえたらこれ以上の喜びはない。
海のように雄大だが海ではない
というわけで初回はこの地を選んだ。
海に近い土地(というか島です)で育った自分のような人間が、もし写真素材だけ与えられたらそ思わずそんなキャプションをつけてしまうかもしれないが、写っているのは海ではなかった。
なぜならそこは、
滋賀県だから。
ここに海はない。そう、真ん中部分は、県の面積で約1/6を占める琵琶湖である。
つまり上の写真の正しいキャプションは「なだらかな海岸線」ではなく湖岸線、「浜辺」ではなく湖畔、「海水浴」ではなく湖水浴ってことになる。
新幹線の京都駅でJR在来線に乗り換えてものの10分ほどで下車。
降り立ったのは、大津市にあるJR石山駅だ。
滋賀にUターンした飲食チェーン店トラベラー
今回、滋賀を案内してくださったのはこの方である。
本店や1号店をメインに食べ歩く飲食チェーン店トラベラーであり、ミュージシャン、DJ、ライター、PR制作者としても活躍中のBUBBLE-Bさんだ。
ブログ「本店の旅」https://1goten.jp/
BUBBLE-Bさんは東京での20年に及ぶサラリーマン生活に見切りをつけ、2019年末にフリーランスになった。同時に、生まれ故郷の滋賀県大津市にUターン。市内にある石山駅が最寄り駅だ(とはいえ自宅にはクルマでしか行けない距離のようだが)。
その経緯は本人がsuumoタウンの記事にも記している。
この記事には、滋賀へ戻る経緯が情感をこめて綴られてはいるが、Uターン以降のことはあまり詳細に述べられていない。
滋賀でいったいどんな日常を送り、20年の首都圏暮らしという客観的な視点を獲得した彼の目に故郷はどう映るのか。そんな彼がオススメするスポットも覗いてみたい。
ちゃんこ風味の近江ちゃんぽん
まずは昼メシから。彼が最初に案内してくれたのは、大津市内のショッピングモール「FOLEO」。
BUBBLE-Bさん(以下BBと省略):大津市民の休日は9割くらいがショッピングモールで過ごすんじゃないかってくらいモールが多いんです。
入ったお店は、この「FOLEO」内にあるチェーン店「ちゃんぽん亭」。ご当地麺「近江ちゃんぽん」のお店である。実に飲食チェーントラベラーらしいチョイスだ。
僕は熊本県の天草というちゃんぽんがソウルフードみたいになっている土地の出身。いろんなちゃんぽんが日本各地でご当地麺として発展していること自体はすでに知っていたが、近江ちゃんぽんはまだ未体験だった。
迷わずいちばんスタンダードなメニュー「ちゃんぽん」を頼む。
麺はかんすいを使ったやや細めの中華麺で、すべりがいいのでチュルンとすすれる。
鰹と昆布出汁によるスープは想像以上に和風味でちゃんこ鍋のツユにも近い印象。鶏ガラ&豚骨の長崎ちゃんぽんとは全然違う。酢を途中から投入して味変させればまったく飽きない。
結果、あっという間に平げてしまった。ちゃんぽん国の出身者でも文句なしに「美味い」と思える一品だった。
BB:このチェーンは滋賀県内の彦根が発祥なんです。ここ以外に滋賀発といえば、ラーメンの「来来亭」くらい。絶対的な名物と言えるものがないので、ここがオススメといえばオススメですね。
名物がない、ってことないないだろうと思ったけど、これについては後述する。
ちなみにこのモールFOLEOの中には、人気スポットがある。それが新幹線展望テラス。
若者と年寄りが二極化する「地サウナ」
BUBBLE-Bさんが「ひとっ風呂浴びていきませんか。行きつけのサウナがあるんで」と思いもよらぬ提案をしてきたので、二つ返事でOK。
着いたのは、ここ。
大津市内にある、おふろcafe「びわこ座」。
観光客など絶対に来ない、ましてやサウナブームで注目されている施設でもない、ローカル限定の地サウナといったところか。
BB:ここはね、客層が二極化しているんです。若者か、ご年配しかいない。
いったいなぜなんだと不思議に思ったが、館内を徘徊してみてなんとなくわかった。
まず、昨今のサウナブームを受けて若いサウナーたちがやってくる。
多くは周辺に住む大学生や20代のカップルだ(マジでデートで来てる風も多かった)。
一方、年配者が多い理由はこれ。
そう、大衆演劇、大衆芸能があるから。
施設内に劇場が設置されており、入場料を払った利用者はタダで楽しむことができるのだ。
極端な話、サウナを一切利用せずに推し目当てでやってくる客もいる。
BB:ここ、ホント穴場なんです。僕らみたいな中年とか、子連れが極端に少ないせいか、いつも比較的空いているし。全国をめぐるサウナーたちにまだ「見つかっていない」んじゃないかな。
実際、週末の夕方に訪れたにもかかわらず、大浴場もサウナも空いていて大変快適だった。
生涯でいちばん美味しい抹茶アイス
BB:僕がこれまで食べた抹茶アイスの中でいちばん最高のがあるんですよ。そこ行きましょう。
サウナでいい汗かいた後に向かったのは、ちゃめちゃ山間部にあるお茶の郷 木谷山(きたにやま)。
ここ、正確には京都の宇治田原町なのだが、大津市から十分クルマで行けるスポットだ。
これがBUBBLE-Bさん大絶賛の抹茶ソフト、310円(安っ!)。
抹茶アイス自体を久しぶりに食べたのだが、さすが「生涯ベスト」というだけあり、緑茶の味がストレートに伝わってきて冷茶を飲んでるかのよう。お茶工場で挽きたての茶葉をブレンドしているのだとか。
無料で出してくださったお茶がまたうまい。アイス、あったかいお茶、アイス、あったかいお茶のループが止まらん。
滋賀ではフリーランスは珍種なのか
ここで場所を移して、BUBBLE-Bさんにインタビューすることに。やってきたのは、瀬田川沿いにある喫茶店、ライダースカフェ ダブルエム。
BB:ここ、たまに仕事の気分転換がてら来るんですけど、ロケーションが最高で。
確かに。目の前を川の急流が走っていて、絶好の眺めだ。
まずは仕事面の近況から聞く。
BB:今はコンテンツ制作から、DJ、作曲、ライターとか、いろんな仕事をしてますけど、大半が東京の案件です。なぜか関西の仕事は滅多にありませんねぇ。ましてや滋賀は……ありえない。
地方移住したライターから「案件のほとんどが東京」という話は頻繁に耳にする。それでは滋賀に住むメリット、デメリットはなんなんだろうか。
BB:大津市とか、その近隣の草津市のような南湖エリアに限って言えば、メリットは京都・大阪と東海地方どっちもアクセスしやすいことでしょうか。京都は目と鼻の先だし、名古屋も車で1時間ちょい。逆にデメリットは東京との距離感でしょうね。たまに僕が首都圏住んでると思い込んで「渋谷の◯◯カフェで夕方打ち合わせしませんか」って言われることもありますから。それと、滋賀はとにかく同業者というか似たような仕事をしているフリーランスがいないので情報交換は期待できませんね。周りからは「あの人普段何やってるんやろ」みたいな目で見られてるんじゃないですかね(笑)。
田舎では、フリーランスとフリーターがほぼ一緒くたになって認識されている。そこらの会社員や公務員よりもよほど稼いでいたとしても、だ。
BB:最近、横のつながりができればと思って地元の商工会青年部に入ったんですけど、自分みたいな職業はまずいない。まぁだいたいはお店やってる人だから、共通の話題は難しいですね。
俺、中古車のディーラーさんとナニ話したらいいんやろ?みたいな(笑)。
確かに「トラックメーカー」と言っても、人によってはまるで違う意味に捉えられかねない。
根深い食のアイデンティティ問題
ところで、UターンしたBUBBLE-Bさんにとって故郷の滋賀はどう映るのだろうか。正直、熊本→東京というコースで生きてきた自分にとっては琵琶湖くらいしかイメージがない。あとは彦根城くらい?
「いやいや、琵琶湖以外もめっちゃありますよ!」という反論を期待していたが、当のBUBBLE-Bさんもどうにも歯切れが悪い。
BB:滋賀は……わかりやすいものが、ないんですよ。食べ物にしても、こっちに戻ってきて、「わぁー地元の味だー、これだこれこれ、やっぱいいなぁ」って思うものが正直ない。ブランド牛の近江牛とか、近江米とか、あと農産物なら守山市のスイカとかメロン、あと琵琶湖の稚鮎とかは有名ですけど、普段から食うもんじゃないし。
だからこそランチで食べた「近江ちゃんぽん」がマジで推しの一品だったのか。
BB:強いて言うなら地酒くらいかな。日本酒の酒蔵は結構あるので。
確かに県内には酒蔵が結構多い。写真は長浜市にある冨田酒造の銘酒「七本槍」シリーズのミニボトルセット(1,000円)
たとえば、鮒寿司なんてどうなんだろう。発酵ブームでかなり脚光を浴びているアイテムだけに、地元人が誇れる郷土料理なのでは。
BB:(鮒寿司に関しては)今思うと、そういうわけでもないですね。観光向けへのアプローチもあんまりされてない感じです地元の人はお祝いごとのときの縁起物として食べるくらいで、決して日常食ではない。自分自身は子供の頃から食卓に上るとテンションが下がるアイテムでした。
滋賀に来たら何を食べればいいのか問題は、なかなかに深刻だ。
BB:正直、地元の人すらもわかんないんですよ。他県からDJ仲間を呼んできて一緒にイベントやったりするとき、フツーの居酒屋で刺身とか食べますしね。
となりの京都がメジャーすぎる問題
アイデンティティ問題で言うなら、食とはまた別に深刻な問題がある。隣県である京都がメジャーすぎて何をやっても霞んでしまうのだ。
BB:観光面でも、滋賀は滋賀でこれまで数えきれないほどチャレンジしてるんですよ。でも隣の京都ブランドが強すぎる。例えば、天台宗の総本山になってる比叡山延暦寺。あそこ滋賀だって知ってました?
すみません、なんとなく京都だと思ってました。
BB:JRの「そうだ京都行こう」キャンペーンでなぜか比叡山延暦寺が入ってたり。まぁ、ビジネス的な戦略なんでしょうけど、そこ京都じゃないでしょっていう。
そう語るBUBBLE-Bさんが京都に敵対心を持っているかというとまったくそんなことはなく、むしろ「関西でいちばん近い都市部」として慣れ親しんでいるし、頻繁に京都へも行く。市内には行きつけのスポットも多い。
BB:実は最近、滋賀はいい流れが来てたんです。NHK「麒麟がくる」で石田三成ゆかりの西教寺が出てきたり、朝ドラ「スカーレット」で陶芸の街として信楽(しがらき)が脚光浴びたり。あまり開発されてない感じのスポットもまだまだあるし、京都とはまた違う良さがあるんじゃないですかね。
まさにその通り。「国内で衝撃を受けた場所はどこか」と問われたらベスト5に入れたいのが琵琶湖に浮かぶ唯一の有人島、沖島だ。 海の近くに育った自分のような人間にとって、ここは初めて見る淡水の漁港だった。
最大の裏切り、それは海鮮丼
最後に、大津市内の居酒屋へ。JR瀬田駅近くの梅原水産だ。
BB:(ニヤニヤしながら)これぞ滋賀!っていうものを食べましょう。
てっきり川魚かと思いきや着いたのはこんな店。
一見ごくフツーの居酒屋だった。強いて言うなら海鮮系かな?というくらい
魚系中心のメニューを見る。やたらと安い
豆腐のシラスサラダ(580円税別)がなかなかのサイズ
奄美産本マグロ中おち(480円税別)、キングサーモン造り(580円税別)。いずれも脂が乗ってて味が濃い
長崎産サザエつぼ焼き(390円税別)。このあたりから自分が海ナシ県にいることを忘れてくる
どこがこれぞ滋賀なんじゃ!と突っ込むのも忘れ、ただただ夢中で頬張ってしまった。
そして全部、イケた。東京の居酒屋よりもよっぽど安くて美味い。まさか滋賀に来て海鮮に感動するとは。本日最大の裏切られ感だ。
打ち上げは瀬田の「梅原水産」
ここやっぱり物凄いクオリティですね…
海無し県の滋賀でこの豊かな海産物。どうなってるの! pic.twitter.com/Qta1kAnS6a— BUBBLE-B (@BUBBLE_B) September 15, 2019
本人も過去にツイートしているとおり。ホンマどうなってるの!
「Nippomフリーランスの旅〜 全国裏切られ紀行」第一回目いかがだったろうか。
振り返ってみると「滋賀」という主語がやや大きすぎたかもしれない。BUBBLE-Bさんの地元は琵琶湖の南部である「湖南エリア」で関西の文化圏。対して、長浜市などの湖北エリアは北陸に近く、方言や食文化も違う。
さらに、彦根城のある彦根市は湖東で、美しい自然が残っていて水の澄んだ湖岸が広がる湖西。どれも風景が独特だ。
そう考えると、ただただ琵琶湖のデカさを感ぜずにはいられない。記事冒頭の写真キャプション、やっぱりそのまんま「海」でいい気もちょっとだけしてきた。
【おまけ】