日本フリーランスの旅ー 全国裏切られ紀行 ー

vol.2 福岡編

大塚たくまライター、編集者

「日本フリーランスの旅」連載第二回目は、福岡在住のフリーランスライター(2021年11月取材時)、大塚たくまさんにご出演いただいた。

大塚さんを知ったのは2019年春。僕がかつて関わっていたグルメサイトでローカルのライターを探しているときに彼のことをTwitterで見つけて記事制作をオファーした。

当時、彼はフリーランスとしては駆け出しに近かったように記憶しているが、九州人にはお馴染みのアイス「ブラックモンブラン」の取材記事を皮切りに、福岡のうどんやラーメンの記事でヒットを連発。
とりわけ、福岡うどんの大手チェーン店3社を取材した記事は、最初の読者になれたことが最上の喜びという編集者冥利に尽きる出来栄えで、SNSでも大いに盛り上がった。いまだに「福岡 うどん」でググればこの記事がほぼトップの位置に鎮座し、ノンスクロールでアクセスすることができる。

やわらかい福岡うどんはなぜ美味い?三大チェーンが語る「コシよりも大切なもの」

大塚さんは以降も、さまざまなウェブ媒体で話題の記事を生み出すだけに飽き足らず、「福岡めんたいこ地位向上協会」という私設団体の活動にも尽力したり、佐賀県・嬉野市で地域活性の記事を継続して手がけるなど、わずか2年で「福岡にこのライターあり」という立場にまで上り詰めた。正直、ローカル在住でここまで活動の幅が広いフリーライターを見たことがない。

この連載で彼の目を通したローカルのありようをぜひじっくり聞いてみたかった。結果的に福岡のみならず日本全国に問題を投げかける内容となったのでできれば最後まで読んでほしい。

日常と観光の分断が起きている

車もトークもいきなり飛ばし気味

福岡空港で大塚さんの車にピックアップしてもらい、一路東へ進む。挨拶もそこそこに車内で真っ先に話題になったのは「日常と観光の分断」についてだった。

別に小難しい話ではない。きっかけは2020年、彼が佐賀豪雨の風評被害に苦しむ佐賀県・嬉野市(うれしの)の旅館の記事を書いたことから、かの地と縁ができ、嬉野の紹介記事を頼まれて通い始めるようになってからのこと。
彼は想像だにしなかった事態を知る。意外にも、嬉野名物にもなっている「湯豆腐」を地元の人があまり食べていない、という。

大塚:嬉野の湯豆腐とひとくちにいっても温泉のお湯を利用したりしてなかったり、お店によっていろいろ違うんです。主に食べているのは観光客。地元の人間が日常的にお店で食べるものではないと聞いてショックを受けました。確かに地元の人々に湯豆腐のおすすめを聞いてみても、あそこがオススメだよ、みたいな話が聞こえてこないんです。足元にあんなに美味しいものがあるのになぜなんだろうって。

地元の人が美味しいと思って普段食べているものが、観光客にもアピールすることで名物に格上げされるのは自然の話だ。大阪の「粉もん」は大阪人が好んで食べてこそ、そこを訪れる観光客にとっても名物たりうる。
だが、嬉野では完全に乖離が起こってしまっているというのだ。

大塚:温泉街で働く観光業の方々は地元の名物をよく知っているし、誇りも持っているんです。ただ、それ以外の人々はどんどん分離が進んでいるように感じます。例えば、嬉野の近隣エリアの人々は嬉野温泉にもあまり浸からないという話も聞いてます。もしかしたら嬉野ではなく、大分・湯布院の湯の方にたくさん浸かってる、みたいな事態だってありうる。地元の高校で観光科の生徒たちに聞いても「嬉野は何にもない」って言うらしくて。温泉があって、湯豆腐が美味しくて、酒蔵とか焼き物とか、古い街並みがあったり。宝がいっぱいあるのに…。

福岡空港を出て、約1時間。着いたのは田川市内にある「いいかね Palette」。小学校をリノベーションしたコワーキングスペースである。この施設内で彼にインタビューさせてもらうことに

「いいかね Palette」の中。都会じゃ考えられないほどの広さでみんな仕事していた

音楽室まである。録音も可能らしい

観光客はありがたがるが、地元の人は見向きもしない。嫌悪はしていないが、日常から乖離し、根付かないままでいる──。
もっとも、2019年まではそれでよかった。地元の経済含めていろんなことが回っていたし、さして弊害にはならなかった。

しかし、観光業が致命的な打撃を受けるコロナ禍においてはどうだろう。その分離は悲劇を生みやしないか。大塚さんが危惧しているのはそこだ。
彼がレギュラーライターを務める連載読み物「嬉野温泉 暮らし観光案内所」でも、その辺りのことに言及しているのでぜひ一読願いたい。
宗庵よこ長で湯どうふを語ると、嬉野の魅力と課題が見えてきた。

福岡人はなぜ明太子を「面白がらない」のか

福岡の話をするはずが、図らずも佐賀の話題になってしまった。

軌道修正、ここからが本題。福岡と聞いてどんなイメージがあるだろうか。九州の玄関口、博多や天神の繁華街、中洲の屋台。炭鉱で栄えた筑豊〜北九州工業地帯。ラーメン、うどん、もつ鍋。博多華丸大吉、チェッカーズ、松田聖子など多くの芸能人を生んだ土地。常勝軍団ソフトバンクホークス。ざっくりいうとそんなところ……いや、ひとつ大事なのを忘れてはいやしないか。明太子である。

現在、大塚さんが広報係を担当する「福岡めんたいこ地位向上委員会(以下、めん地協)」は、協会理事の田口めんたいこさんを中心に2021年春から活動している。
明太子マニアである田口さんが東京暮らしをやめ、明太子普及のために福岡へ移住してきたことをきっかけに大塚さんと知り合い、本格的に活動し始めた。

明太子はすでに十分なくらい福岡の名物になっており、全国的にコンセンサスは取れているはず。何も今さら協会作って普及しなくてもよかろうもんと言いたくなるのだが。

大塚:福岡の人間って、うどんやラーメンについては熱いんですよ。実際、みんなそれぞれ自分のお気に入りのお店を持ってて、「俺の方が愛してる」自慢すらできる。でも、明太子の話になると「どれも一緒たい」みたいに話が雑になっちゃう。明太子自体は好きなはずなのに、うどんやラーメンみたいに個性とか差異を面白がれない。あれ、これまだ誰も掘ってなくない? 高級品で片付けちゃっていいんだっけって。

よく見ると「めん地協」のトレーナーだった。気付くのが遅くてスミマセン……

現在、明太子メーカーはなんと200社あまり。「ふくや」「やまや」「福さ屋」といった全国的にもメジャーなメーカーから、家内制手工業に近い零細企業まで、他県民の想像以上に裾野が広がっており、当然ながらそれぞれの個性や魅力も違う。つまり、うどんやラーメンのように語れる要素を十分に兼ね備えていながらも、誰からも面白がられずにここまできてしまったというわけだ。嬉野で知った日常と観光の分断に近い現象が自分たちの足元でも起こっていたのである。今回の取材でもっとも予想を裏切られたのがこの点だった。

 

大塚:僕自身、協会員としていろんなメーカーさんの味を食べ比べてみて、本当に驚いたんです。こうまで違うか、というくらいそれぞれ銘柄で味が全然違う。だから、めん地協がやるべきことはたくさんあると確信しているんです。特にコロナ禍で観光客が激減して、小さな業者さんが苦境にあえいでいる。福岡の人間として、このままつぶれていくのを見過ごしていいかといえば、そんなことはないですよね?

この問題、いろんな地域に当てはまることなのではなかろうか。自分も実際、大塚さんの話を聞いていて、自分の故郷である熊本県天草市のことが脳裏に離れなかった。いくつか思い当たるフシがあったが、それはまた別の機会機械に書いてみようと思う。

地元民しか知らない田川のソウルフード「山賊鍋」

大塚:今回、ムナカタさんをぜひ僕の生まれた町・田川市に案内したかったんですよ。一軒、お連れしたいお店があるんです。そこで昼メシ食べましょう!

戦後は炭鉱の町として知られた福岡県・田川市。
なんでも、ここに名物の鍋があるらしいのだが、よその地域では「田川名物」と認識されていないとのこと。あまりに市民の日常になりすぎていて観光グルメになっていないのである。さきほどから話題になっている「日常と観光の分断」の逆パターンだ。

大塚:福岡市内で「田川の山賊鍋って知っとうや?」って聞いてもほとんどの人は聞いたこともないって答えるんです。市民にとってはソウルフードとも言うべき存在なのに、あまりの無名度に愕然しました。

着いたのがここ。和食の店「かしわぎ」本店である。

仰々しい門構え

山賊っぽさ

店内は少し薄暗くて昭和の佇まい

ここで食べるのは昼の定食ではなく、

ましてや寿司でもなく、

田川名物「山賊鍋」だ!筆者は聞いたことも見たこともないメニューである

来た!これが山賊鍋。これでなんと一人前らしい。「山賊サイズの一人前」という、わかったようなわからないような理屈である

と思ったら、店員さんが「こっちが正面ですよ」とさりげなくカメラの方に向け直してくれる

「これがめちゃめちゃ美味いんですよ」とニヤニヤしながら、慣れた手つきでつみれをはしで取る元田川市民の大塚さん

作り方はいたってシンプル。スープはすでに鍋に入っているので、具を入れていくだけだ。つまり普通の鍋と同じ

グツグツとスープが煮え始める中、具をどんどん入れていく

もう入るだけ全部入れちゃう

山賊というだけあり鍋もワイルド。使い込んだ風合いに筆者が小さい頃、実家にあった五右衛門風呂を思い出す

フタをして待つこと約10分足らず

できた!これが山賊鍋だ

小分けにとってみると、こんな感じ。醤油と味噌味の中間のようなスープで、肉のダシが効いており抜群に美味しい。これを市民以外は全然知らないのは正直もったいない気がする

姉妹商品として山賊おむすびというメニューもあるようだ(腹一杯につき未オーダー)。これもなかなかのデカさらしい。腹が膨れすぎてピンボケしてしもうた

田川市民は持ち帰りで買って自宅でも食べるらしい

大塚さん:僕が子供の頃はミンチとスープだけ買って帰って、他の具材はスーパーで買ってきた肉とか野菜を入れて自宅で山賊鍋を食べてたんですよ。正月も食べて、残ったのはお雑煮にしていた記憶があります。もっと田川以外に広まってほしいですけどねぇ。

現在、大塚さんの実家は同じ福岡県内でも全く違うエリアの宗像(むなかた)市内にあるので、田川には仕事の用事がないとなかなか来れないと言う。
他地域へ輸出されないソウルフードは、彼にとって郷愁の味でもあるのだ。

 

感度の低い人と仕事したい

大塚さんは、福岡の大学を卒業後、東京にあるテレビの制作会社に就職。ADとしての毎日は想像を絶するほど多忙で、フジテレビの仕事でお台場に3週間ほど泊り込んだこともあった。

大塚:洗濯するヒマも金もなかったので、「27時間テレビ」でもらった黄色グリーンのいTシャツを着てました。それでも上司から「オマエ臭いぞ」って言われて。基本的に寝てる時間より起きている時間が圧倒的に長いから、その3週間がまたすっごい長く感じるんですよ。

埼玉の南浦和にアパートを借り、東京のテレビ制作会社へ通っていた頃。もともと90kgあった体重が激務のため3カ月で75kgまで落ちた。写真は激ヤセしたときのショット

結局、激務に耐えきれずにわずか半年で退職。
失意のまま故郷の福岡へ戻った彼は、浄水器の営業マンを経て、SEO記事の制作会社に就職する。

大塚:「えっ?こんなに痩せちゃった!」みたいな記事をたくさん作ってたんですが、だんだん辛くなってきたので退社してフリーランスのライターになりました。そのとき書いてたのは1文字1円とか0.5円のコタツ記事ですね。「こんなオトコ捨てちゃえばいい」みたいな(笑)。あー俺もなんか取材やりたいなぁって思ったときにムナカタさんから福岡のグルメを取材してみませんかっていうTwitterのDMがきて。東京のメジャーな媒体から俺に? マジかよ!って。

その後の快進撃は冒頭に記したとおり。
現在ではサラリーマン時代の年収をはるかに上回る収入を稼ぎ出している大塚さんだが、驚いたのはその姿勢にまったく驕りがないことだ。とりわけ、田川での取材を終えて福岡市方面へ戻る車中、彼がぽつりと漏らした一言が脳裏を離れない。

大塚:こう言う言い方するのもなんですが、僕は感度の低い人と仕事したいんですよ。僕が書いた記事も、普段ネットで情報収集とか全然しない人に楽しんで欲しいなって。

感度の高い人と知り合いたくて天草というド田舎を出た自分にとっては衝撃的な発言だった。
たとえるなら大衆食堂に置かれたテレビのような、あくまで日常の感覚で気軽に楽しめるコンテンツを彼は目指しているのだろう。多くの売れっ子ローカルライターが首都圏メインの仕事をする中、現在、仕事の割合が地元と首都圏で半々なのもなんとなくうなずける。

そして2022年2月、彼は動く。フリーランスから、いわゆる「法人なり」をしたのだ。社名は株式会社なかみ。社名を聞いた時、思わずニヤリとした。

「社名が(英訳の)コンテンツだと、感度低めな人には伝わらんでしょ!」

彼のそんなメッセージが頭の中で聞こえてくるような気がしたからだ。